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美しい病院(医療支援活動)


江南ミズメディ
2017-08-23 15:19

凍っている都市ヤクーツクの難妊患者に希望を与える。

江南ミズメディ広報室 ナム•ユンジン

ヤクーツク、聞いたこともない街の名前だ。人々が集まって暮らしていく「都市」という名前がついた場所のうち最も寒い所がまさにここ、ヤクーツクである。1年の3分の2程度が凍っている都市。雪が降ったといううわさを聞き、ソウルの蒸し暑い春を楽しんでいた私はクローゼットの中の冬服を取り出して荷物をまとめた。 4月19日(水)早朝の見知らぬ都市への出張。そこでどんな人たちに会えるだろうかという期待を胸に飛行機に乗り込んだ。産婦人科専門医、ロシアのコーディネーター、広報室。3人の組み合わせがかなり興味深い。子持ちのワーキングママであるうえに年齢も同じくらいで各自の分野において熱い情熱を持つ3人。自然と仕事の話から世間話、育児情報まで、飛行機の中で愉快な会話が絶えない。いつの間にか経由地のウラジオストクにたどり着いた。そこで簡単に食事をしてロシアの泌尿器科の医師に会うために忙しく動き回る。待ち時間もじっとしていられず、またビジネスミーティングの予定を入れるコーディネーター。私たちもまたてきぱきと各自の役割に従って動く。現地で泌尿器科専門医として大変名高い彼が韓国の難妊技術に興味を見せる。私たちがどの程度の線から医療交流ができるかを共に悩んで合意した。短いミーティングを急いで終わらせ、最終目的地であるヤクーツクに向かい再び飛行機に乗る。疲れて当然な日程であるにもかかわらず、明かりまで消えた飛行機の中でも3人の女は眠れずにまた話に花を咲かせる。いつの間にか到着したヤクーツク、時刻は夜11時を過ぎる。韓国と時差がないため、丸一日かかってようやくこの地を踏む。真っ暗な見知らぬ都市の初めての光景を楽しむ気運すら残っていないが、宿に向かう車の中で一つでも見逃さないようにとあちこちに目を向ける。

朝が来た。誰一人強要したことがなかったここでの日程。私たちは本当に忙しく動き回る。理由はたった一つ。苦労してここまで来たからには、より多くの患者に会ってみたい。3人の女は重い荷物を軽々と持ち、食事の時間を割いて患者とより多くの会話を交わす。 無料相談室のドアを開けて恥ずかしそうにあいさつをしながら入って来た初めての患者。私たちが来るという噂を聞いて 幾日も待ったそうだ。人口20万人の小さな都市にこんなにも難妊に悩まされている多くの患者がいるということにとても驚いた。診療室で打ち明かす彼らの事情もまた驚きでやるせない。ロシアも難妊夫婦に対する政府政策は多い方である。しかし、ヤクーツクのような辺境地域は、どうやらそのような恵沢から疎外された感じだ。医療水準にもまた差が出る。したがって、難妊に最も重要な‘適切な時期’を逃してしまう場合が多い。無料医療相談を行った江南ミズメディ病院の産婦人科のキム•ナヨン診療科長は「診療をしてみると卵管の損傷がひどかったり手術や様々な原因により卵巣機能が低下している場合が多く、旦那さんも良くない場合が多かった。1年でも早く出会えていれば良くなっていたのに、卵巣機能が悪化して妊娠の可能性が非常に低い患者に会うととても心が痛い。」「自分で卵巣機能が低い方であると思うのなら、一刻を争うという思いで早急に難妊手術を受けるようにし、積極的に病院の手助けを受けることが重要である」と話す。また、すぐに手術が必要な場合、卵巣の損傷を減らす方法を探さなければならない。何より個人の努力も重要である。睡眠時間と睡眠パターン、食事習慣、運動可否、ストレス解消、ビタミン、硫酸化剤の服用を通じて体調を整えなければならず、地道な管理が必要であると呼びかけた。

もはやヤクーツクの難妊患者でミズメディと医師のキム•ナヨンを知らない人はほとんどいない。2011年に初めてロシアの患者を診療して以後、ロシア全地域から多くの数の患者が訪れてきており、高い成功率で多くの子供たちが彼女の手を通じてこの世に生まれたためである。‘ゴッドハンド’という名誉まで得たキム•ナヨン科長のために彼女の患者が子ども見せに連れて来た。ようやくよちよち歩きを始める赤ん坊から目をキラキラさせた5~6歳くらいの子どもまで。子どもたちの顔は両親の切実な希望と努力に償いでもするかのようにみんな愛おしい表情で溢れていた。彼女たちが準備した真心のこもったプレゼントや手紙、満面の笑みを浮かべた子どもの写真が込められたアルバムを渡す。あまりに純粋なヤクティアンたちの思いがそのまま伝わったからだろうかたちまち彼女の目に涙が溢れる。「みなさん私に感謝していると言っていましたが、私の方が感謝しています。あの方たちにはたくさんの力をもらったので、韓国へ帰っても最善を尽くして本当に良い医者になろうと思いました」と話しながら、ここへ来て患者に直接会ってみると、こんなに大変な道のりを越えて韓国までいらっしゃる方々がどのような気持ちなのかがわかったと話す。 キム•ナヨン科長は、気の毒な患者に出会うたびに「もう少し早く出会えていればどれ程良かっただろうか…」と毎回悔しかったと述べながら「何度かやってみて上手くいかなかったとか、同じ方法でも結果が良くなかったとか、答えを見つけられずにいるときに私が力になれたらと思う。私もミズメディも、もっと発展して妊娠成功率を高めるために最善を尽くす。」と最後のあいさつをする。3日間で100名余りの患者に出会い、彼女たちの事情に泣いて笑う本当に人間らしい医師とコーディネーターが難妊夫婦のそばにいるということを幸いであり、ありがたいと思った。ダイヤモンドで有名なヤクーツクで見せた彼女たちの情熱と涙と汗のしずくがダイヤモンドよりも輝く。

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